吃音と大人〜吃音とともに生きていくこと〜

Essay

こんにちは。いどっちです。

今回は僕が幼い時からずっと抱えていた障害「吃音」と、どう生きていきたか、そしてどう生きていくかという野望について書いてみようと思います。

僕のことを知っている人は、障害と聞いて驚く人が殆どだと思います。それもそのはずで、このことを友達に相談したことは殆どないし、極力隠して、そして逃げて生きてきたからです。

この記事を書いている今も、吃音とどう向き合い生きていくのが良いのかはまだ分かりません。

吃音のせいで、他の人が普通に、当たり前にできることができなくて、悩み、押しつぶされそうになる時もありました。

それでも、運命的な人や本との出会いで、与えられたこの不自由な生をどうにか全うして生きていきたい、という気持ちを持つようになりました。

その辺りの経緯をじっくり書いてみようと思います。

吃音のまま大人になる

吃音については以下の記事でも書きましたが、ここでは僕自身の症状と経験をお話します。


僕が吃音の症状を意識し始めたのは、小学生の低学年頃だったと思います。

吃音症という名前を知るのはもっと後ですが、なぜか普通に話そうとしているだけなのに言葉を連ねてしまうことが不思議でした。また、それが少し恥ずかしかったのを何となく覚えています。

ですが幸いなことに、それでいじめられたということはありませんでした。

中学生頃までは、吃ってはいたものの症状もそんなに重くなく、さしてコミュニケーションにストレスを感じることはありませんでした。友達にも恵まれていたと思います。

ですが、高校では上手くいきませんでした。

新しい環境で症状が悪化し、元々の人見知りの性格も相まって、クラスに友達が殆どいない、寂しい高校生活でした。

また、初めて「吃音症」という言葉を自分で調べたのは、この時くらいだったと思います。

その時にちゃんとした治療法がないことも分かりましたが、なぜかそんなにショックではなかったんですね。

なぜなら、自分の場合はそのうち治るだろうと思っていたからです。

僕は比較的物事を楽観的に考えてしまうところがあって、その時もそのうち治るだろうという根拠のない自信がありました。その時に真剣に考えなかったことで後に苦しむわけですが。

大学では、クラスがなかったことが返って自分には居心地が良くて、数は少ないですが仲間と言える友達もでき、楽しい生活でした。

彼らといる時は家にいるみたいに居心地がよかったので、そこでは症状も比較的出にくかったです。ですがそれ以外の環境や発表の時などは、別人のように症状が出てしまったりしました。

なのでなるべく自分にとって居心地が良いところにいることを心がけていました。

しかし就活が近づくにつれて、このままではまずいなと考えるようになりました。

吃音に絶望する

学生というのは社会人と違い、何かをしなければならないとかもないし、責任もないので、吃音で難しいことは避けてきました。

しかし、就職したら、社会に出たらそういうわけにはいかないですよね。

会社員だったら会社の一員なので、苦手なこともやらなきゃいけないだろうし、何より今の生活よりも確実にコミュニケーションが大事になる。

人前で話すことも多いかもしれないし、正しい言葉遣いで綺麗に話さないといけないかもしれない。

そもそも面接で吃って喋れなかったら採用されないだろう。

そこで人生で初めて吃音症と向き合い、治す努力をしようと思ったのです。

ネットで見た情報をもとに、いくつかの方法を試してみました。
半年~1年くらいちゃんと意識して取り組んでいれば、まあ治るだろうと思って。


だけど全然治らないんですよ。

しかも、治らないだけならいいとして、もっと大変なことが起こりました。


治そうとしたら返って悪化してしまったのです。


それまでは、良くも悪くも吃音と向き合うことを避けていたため、おそらくそれが良い方向に働いていたのだと思います。

しかし一回意識してしまうと、どんどん吃音のことが気になってしまい、予期不安に襲われる回数も増えました。

そして自分の中で決定的な出来事がありました。

たまたま一週間で二回発表をする機会があったのですが、二回とも殆ど言葉が出なくなってしまったのです。

言わなきゃいけないことは明確に頭にあったのに、言葉が全く喉から出なかったのです。

それまでは、吃っていても、みんなに多少変に思われていたとしても、何とか喋ることはできていました。

しかし、その時は本当に殆ど言葉を発声することができませんでした。

みんなが僕の言葉を待っているのに、言葉が出ない。その時の沈黙は永遠の様に長く感じました。

あの時の空気は今でも覚えているし、思い出すと鳥肌が立ちます。

そしてその日家に帰ってこう思ったんですね。

「おれって、終わってるな」

落ち込んでもだいたい寝れば忘れてしまう僕ですが、絶望しました。とても深く。

自分で選んだわけじゃない性質のために、何でこんな目に合わなければいけないのだろうと思って、静かに泣きました。

しばらくは絶望した日々を送っていました。

ですが少しずつ、吃音があってもそれを活かして生きていくことはできないのか、と思い始めました。

吃音でできないことは確かにあるものの、吃音だからしょうがないよねという扱いもされたくなかったからです。生意気な話ですが。

それから自分に何ができるかを考え始めました。

逃げ続けてきた人生

自分の力で生きていこうと思い始め、じゃあ自分には何ができるのかと考え、自分の人生を振り返ってみました。

そして気づきました。

何もやってこなかったことに。

もはや笑えますよね。

吃音症のために現実的に難しい挑戦はあるにしろ、あまりにも多くのことを避けて今まで生きてきてしまったことを、痛切に感じました。

いつの間にか苦手なことを避けるのが癖になってしまっていたのです。

コミュ力がないだけじゃなく、何かを熱中してやり遂げたこともない、周りの目を惹くスキルも当然ない、しまいには根性もない。

その時に思いました。

障害で一番辛いことは、その表面的な症状ではなく、それによって不可能になったり避けたりしてしまい、失われてしまった現実を悔うことだと。

自分には何もない。
いや、むしろそれ以下の人間じゃないかと。

書くことでしか救われない

またしばらくは自分のあまりの惨めさに絶望していたのですが、こんな自分が何者かになるには「書くこと」しかないと急に思い立ちました。

元々読書は好きだったので書くこと自体はさほど苦ではなく、論文の執筆も楽しんでいました。

だから、いつか本を書くことができたらいいなぁくらいのことは考えていました。

しかし、深く絶望した後に僕が思ったのは、僕は書かなければいけない。
書くことでしか救われないということです。

僕は吃音と関係ないことも含め、いろんなことを避けて生きてきました。

それでも、書くことは、吃音を持つ僕にも関係なく平等にできることです。

それならば、この不自由な生を書くことに全力で駆けてみようと思うようになったのです。

たまに、耳が不自由な方が、物凄い音感を持っていたりとか聞くじゃないですか。
だけどもちろん僕はそんな能力があるわけでもなく、普通のことすらままならない、ただの欠陥人間にすぎません。

ここまで読んでくれた人は分かると思いますが、文才なんてものはなく、ただの凡人です。

少なくとも書くことにおいて吃音は全く関係ない。今までは逃げてきたけど、ここではもう逃げ場はない。ここが僕の勝負する場所ではないかと。

ありのままの僕をそのままの形で表現できることこそが書くことではないのかと。

仮に成功しても、吃音があってよかったと思うことはたぶんないと思います。

それでも、吃音があったおかげで、吃音が無かったら絶対に経験しなかったことができた、とせめて思いたい。

書こう。あの絶望を忘れないように。

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