『友情』は、1920年に出版された、武者小路実篤の代表作です。
夏目漱石の『こころ』が1914年なので、その6年後の出版になります。
上編で布石を打ち下編で告白文という展開は、何となく『こころ』と似た構成のように感じました。
しかし内容に関して言うと、『こころ』では先生の遺書という重い告白だったのに対して、『友情』では自由恋愛を乗り越え成長していこうとする前向きな告白です。
そのため、どちらも「恋愛」と「友情」の葛藤を描いていますが、読後感はかなり異なったものとなっています。
構成が似ているというだけで、比較すること自体がナンセンスかもしれませんが(笑)。
気を取り直して、あらすじから!
あらすじ
主人公の野崎は、脚本家を志す23歳。
野崎はまだ女を理解しておらず、女を見るとすぐに結婚を考えてしまう。
ある日、友人の妹の杉子に出会い、その美しさに惹かれすぐに深い恋に落ちてしまう。
野崎は、親友で同じく脚本家の大宮に杉子への恋心を打ち明ける。
そして彼の協力もあって、杉子と徐々に距離を縮めていく。
杉子との些細なことでも天国にいるかのように喜ぶ野崎だが、杉子は中々自分の思うようになってはくれない。
加えて、美しい杉子には、たくさんの男が寄ってくる。
野崎がそんな不安と期待に揺られる中、親友の大宮がかねてから熱望していた西洋へ突然旅立ってしまう。
駅で大宮を見送る杉子を見た時、野崎がそれまで抱いていた疑心は確信に変わる……。
次から下編の物語の核となる部分の感想です。
(ネタバレ注意)
大宮君と杉子の文通
杉子に相手にされないという深い悲しみと寂しさの中、仕事に精を出す野崎のもとに、ヨーロッパに旅立った大宮君から、奇妙な手紙が届きます。
「尊敬すべき、大いなる友よ。自分は君に謝罪しなければならない。すべては某同人雑誌に出した小説(?)を見てくれればわかる。よんでくれとは云えない。自分の告白だ。それで僕達を裁いてくれ」
引用:『友情』
この下編で描かれる、大宮君の告白がこの小説の真骨頂です。
そしてこの告白を深く理解するためには、まず当時いかに自由恋愛が希少なものであったかを把握しておかなければなりません。

引用:第15回出生動向基本調査より
『友情』が出版された1920年は表にありませんが、1935年時点で、恋愛結婚しているのはたったの13.4%にすぎません。
自由恋愛というのは、開国とともに西洋から来た文化で、歴史的に見ると好きな人と結婚できるようになったのはつい最近の話なんですね。
昔は殆どの人が結婚できていたのに対して、自由恋愛が普通となった現代では、未婚率はどんどん上昇しています。
結婚というのは、まだまだ問題が多いシステムなのかもしれませんね。
とにかく、『友情』の出版された20世紀の初めでは、自由恋愛はとても珍しいことだったのです。
杉子は、大宮へとてもありのままに自分の恋心を打ち明けます。
しかし大宮は以前から杉子からの好意に気づいていました。
それゆえに、野崎のことを思い、杉子を避け続けていました。
手紙でも最初は、野崎のことを思い、彼を杉子の結婚相手として勧めますが、杉子の思いから目を背けることができなくなってしまいます。
そして野崎ほどでなかったが、杉子が好きであったことをついに打ち明けます。
『友情』の一番のポイントは、大宮が野崎との友情ではなく、杉子との恋愛を明快に選択したことです。
もちろん、野崎は彼らの告白を読み、深く傷つきます。
大宮から貰った、ベートーベンの石膏のマスクを投げて壊してしまうほどに。
しかし悲しみから怒るのと同時に、大宮に感謝し、期待に応えることに奮起します。
長いのですが、野崎の最後の言葉をそのまま引用します。
「君よ。君の小説は君の予想通り僕に最後の打撃を与えた。殊に杉子さんの最後の手紙は立派に自分の額に傷を与えてくれた。これは僕にとってよかった。僕はもう処女ではない。獅子だ。傷ついた、孤独な獅子だ。そして吠える。君よ、仕事の上で決闘しよう。君の残酷な荒療治は僕の決心をかためてくれた。今後も僕は時々淋しいかも知れない。しかし死んでも君達には同情してもらいたくない。僕は一人で耐える。そしてその淋しさから何かを生む。見よ、僕も男だ。参り切りにはならない。君からもらったベートオフェンのマスクは石にたたきつけた。いつか山の上で君達と握手する時があるかもしれない。しかしそれまでは君よ、二人は別々の道を歩こう。君よ、僕のことは心配しないでくれ、傷ついても僕は僕だ。いつかは更に力強く起き上がるだろう。これが神から与えられた杯ならばともかく自分はそれをのみほさなければならない」
引用:『友情』
『こころ』でも先生はKとの友情より恋愛を選択しましたが、その罪の意識に最後まで悩まされました。しかし『友情』では、友情より恋愛を取った大宮も野崎も、それを乗り越えいつか成長しようとします。
恋愛を通して傷つきながらも、大宮と野崎の友情はさらに深いものとなるのです。
おわりに
『友情』はシンプルですが、みずみずしく気持ちの良い青春小説です。
野崎と大宮は自由恋愛に悩み苦しみながらも、友情をバネに強く乗り越えていこうとします。
この青春のはつらつさが、今もなお多くの人の心を打つのだと思いました。
100年前の小説ですが、短くてとても読みやすいです。
ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
それではまた。
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